堀井英男全版画作品集」あとがき

堀井英男


 近頃は早朝に目が醒めることが多い。鳥のさえずりに聴きほれ、忘れかけていた感情が心に甦ってくる。梢からのかすかな風のことばに耳を傾け、自然の中にゆるやかに同化してゆく自分に気づいて一瞬不思議な感情にうながされたりする。
 八王子に念願のアトリエが建ち、移り住んでまもなくプリントアートの魚津さんより個展の依頼があった。さいさきのよいことと大いに気をよくし、張り切って制作もした。早いものであれから16年の歳月がたつ。
 そのプリントアートから私の全版画集が今秋出版されることになった。版画を独学ではじめたのが1961年、今年で28年になるが、その間に制作された340点ほどの全作品が収録される予定である。考えてみれば版画が好きではじめたのではなく、何か自分の脳裏にゆらめく取り留めのない色や形などを己の絵画として率直に定着させたかった。当時の私は抽象から具象への移行期でもあった。試行錯誤の30代で焦りがあったのも事実である。
 そんな折りに画面構成や発想法として、版画のもつ特性に気づき、当然のように版画に手を染めることになった。初めは木版に熱中した。和紙の中にしっとりと馴染む色彩の抒情に酔いながらもそれは長く続かず、線や漆黒の世界、つまり、銅版画に強い関心をもつようになった。また版種の中では比較的修正に柔軟性をもつことも私には都合がよかった。
しかしながら版画をはじめる動機がそうであったように私の版画の適性度はあまり高いとは思ってはいない。一枚の銅板に常に悪戦苦闘し、結果として試刷りを多く重ねることになる。単なる版画では満足できないところがあるようだ。ルドンが石版で透徹した独自の幻想の世界をモノクロの中に展開し、観る者を魅了させるが、それが晩年キャンバスに突如として豊饒な色彩へと変身することになる。そのことは自分の仕事を白と黒にとどめている版画では色の調子を徹底的に吟味しているからであろう。いわゆる色彩画家といわれている画家に、ある時期、版画に没頭するのも共通した理由と考えたい。私の中にタブローへの回帰が鼓動となってはじまり、それが確かなものとなりつつある。
版画とタブローと両立させながら、私の絵画も今、折り返し点に達したようである。

 最後にこの画集の刊行にあたって作家論を書いて下さった小倉忠夫氏、画集の実現に労をいとわずご協力下さった魚津章夫氏に厚く御礼申し上げたい。又出版にさいしてお世話になった皆様に心から感謝申し上げる。

1989年盛夏


告知 「水から生まれる絵ー堀井英男の版画と水彩」展  (八王子市夢美術館)

『堀井英男全版画作品集』

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