詩画集『死の淵より』に寄せて

中村真一郎



 これらの詩を高見は、他の楽器によって演奏されることを予想して書いたのではない。高見氏は氏の魂の笛によって、簡素な一本の旋律だけを吹きあげて、世を去っていった。その空中を漂うメロディに、堀井氏は後から豊かな色彩による和声をまつわらせて、ここに新たな交響曲を作った。
 堀井氏は高見氏の詩の画解きを試みているのではない。高見氏の独特な魂の顫えに、別の堀井氏というやはり独特な魂が呼応し、共鳴したり不協和音を発したりしながら、独自の世界を現出させている。
 たとえば「庭で」。詩人は青空と緑の草を見た。そこに画家は赤と人間とを幻視したのだ。或いはたとえば「巻貝の奥深く」。詩人は白い螺旋形の内部にぐるぐると巻き込まれている自分を感じている。画家はその錯覚の貝の衣服を剥ぎとって、裸形の詩人の魂だけを黒い虚空に宙吊りにするのだ。
 この二つの魂の、あるいは微妙に、あるいは深刻に、あるいは滑稽に、足を踏み外しあっている舞踏は、最も現代的な対話というものを象徴している。そしてそれは現代にしか存在し得なかった、あたらしい美なのである。
 高見氏がこれらの詩篇を残して、この世を去って行ったのは、いまから十数年の彼方である。それがひとりの画家である堀井氏の透視的な目をとおして、高見氏の詩の表面からは消されていた、氏の心の秘密そのものが、今ここにレントゲンの画像のように再生してきたのである。 堀井氏は高見氏の詩句の裏に、見事に高見氏の人間そのものを見現すという、ひとつの奇蹟をここに成就している。そして人々はこの画家の眼をかりて、もう一度、生ける高見氏と対面することができる。あの高見氏の懐かしい声を耳もとに立ち返えらせることができる‥‥‥。

1978年刊 詩画集『死の淵より』より


作品の紹介

画歴

堀井英男さんの追悼展

堀井英男さんの色彩銅版画

堀井英男さんと私

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