小林ドンゲの呪縛

小川国夫                  



 ドンゲさんはくっきりと輪郭をとる人だ。つき合っていても、私にはそれが怖い。私、小川国夫も、彼女の心の中では、輪郭をとられてしまっているようだ。彼女の話すところを聞いていると、どうもそうらしい。私には、そう簡単に輪郭をとられるものかという気持ちもあるし、たいていの定めつけにたいしては、本当にそうかね、などといってたかをくくる傾きもあるが、ドンゲさんの場合、だけはどうも弱い。彼女の描いた輪郭が正しいような記がしてきて、かえってそれに嵌めこまれてしまうような、したばたしたいような気分になるだけだ。で、私は逆襲して、輪郭をとられたことをキッカケにして、ドンゲさんの輪郭をとってしまおうと思い、この一文を書く。

 第一に、小林ドンゲはなぜ世間の人や物の輪郭とりたがるのか、ということ。
 答えとして、彼女は版画家だからといえば、冗談のように聞こえるだろうか。しかし、多くの画家はーーー特に版画家は輪郭をしょっちゅうとっている。そうすることが本来の好みなのだろう。自然に考えれば、子供のころから輪郭をとることに執着があり、やがてそれを自分の専門と定めてから、この傾向はさらに強まってきたということになろう。なかんずく彼女は、この道をひたすら歩いてきた、というのが私の印象だ。
 こういうことがあった。かれこれ3年ばかり前、拙作に『塵に』という短編小説が、 吾八ぷれすから限定出版された時に、ドンゲさんが各冊三葉のオリジナルを添え、かつ装丁の相談にも来てくれたことがあった。この本ができ上がった時にね私が彼女に会ったが、彼女がいうには、
―――― わたしは前半から中ごろにかけての描写が好きよ。でも、終わりの会話は好きじゃないわ。
 会話はないほうがいいといったのかどうだったか、私は、会話の部分はできが悪いというふうに受けとった。確かにできが悪いのかもしれない。しかし、負け惜しみの強い私は、次ぎのように考えた。
 会話は絵にしにくいんだ。事実、私が書く会話は、そのなかにまとまった意見や事実がでてこなくて、とりとめないやりとりが多い。『塵に』の場合もそうだった。だからドンゲさんは、絵にしよう、絵にしようと思いながらこれを読んで、女らしくもいらいらしたのではないか。或いは、これじゃ駄目だ、と投げたのではないか。
 では、とりとめのない会話は絵にならないものだろうか。私など門外漢にわかることではないが、ドンゲさんの場合には、そんな部分はあっさり捨てられることが当然のように、私には思える。それは雰囲気そのものなのだ。そしてドンゲさんは、雰囲気そのものなど描きはしない。彼女が描くのは、ちゃんと名前のある<物>だからだ。とはいっても、とりとめない雰囲気を、なにか彼女の好みの<物>をもってきて、かってに表現してくれたって勿論私はかまわないが、ドンゲさんは、それをするような人ではない。
この編でそろそろ私はドンゲさんの輪郭をつけ始める。つまり、彼女は律儀なのだ。都会 ――― 江戸の職人の律儀は彼女の特徴だ。
 律儀ということを頭において、もう少しドンゲさんの輪郭をつけて行ってみよう。この律儀は言葉に対して特にそうだ。当然のことかもしれない。律儀とはそもそも約束――言葉を守るということなのだから‥‥‥。ドンゲさんはまれにみるほど言葉を信じる人だ。この性質が彼女の文学好きのもとになっているのだろう。私には一語一語言葉を信じて、本を読み進んで行く彼女の様子が目に見える気がする。これは文士にとってはありがたいことだ。勿論私たちだって信じるに足りないような言葉を書きつけようなどとは思わないが、言葉を書く者にとっては、それがひとに信じてもらえるかどうかは大問題なのだ。ひとの不信にあえば、自ら自分の言葉を信じる力も失ってしまうということもある。こうした文士の自信のなさに対して、ドンゲさんは救世主のような読者といえる。 たとえば私が赤と書く。すると彼女はそれを読んで、赤色をちゃんと頭に思い描いてくれる。しかも彼女の脳裏には赤の種類は豊富だし、想像力でもって、赤のリズムを奏でてくれる。
 信じる人はだまされやすい、などといわれるが、私は逆だと思っている。信じる人はだまされない。ことに言葉の場合、そういう人は順序を踏んできちんと頭へ入れて行くから、おかしければおかしいと気づくのだ。文士は自分の仕事がおかしいのかどうかはっきりしないから、ドンゲさんのような読者がいるのは救いだ、といったのはそのことなのだ。
 赤といえば彼女は赤を描いてくれる。黒猫といったら、彼女は想像力でもって黒猫を思い描く。キリストといったって、天草四郎といってもヴァンパィアといっても同様だ。つまり、彼女の場合、名前に対する律儀ということがある。しかし、大事なことは、律儀は執着となり、執着は想像力となるということだ。彼女の芸術の泉はここにあるのだろう。元来想像力はすべての芸術の源泉だけれど、彼女の場合、この種の想像力から、自分の仕事をみちびき出しているのだろうという意味だ。
 たとえばここに<ヴァンパィア>という彼女の絵があるとする。ということは、彼女が絵の中でヴァンパィアに迫ろうとしたということになる。これは効果を出そうとか、造型しようという意識を上回る意識であろう。或いは、効果造型の意識の奥にヴァンパィアという人物に対する思い込みがあるといってもいい。
 これを文学趣味かどと称んで、近代絵画では傍流と見なそうとする傾向があるが、そんな言い分にははたしてどれだけの理由があるのだろうか。ゴッホも、つまるところ、太陽によって生命を感じ、それに迫ろうとしたのであって、太陽を素材にして画面を造型しようとしたわけではない。まして、もつと古い絵―――たとえば宗教画になれば、画家はキリストやマリヤに迫ろうとしたのであって、キリスト、マリアを素材にして画面を造型したのではない。中国や日本の仏画にしても、このことに関しては、事情は同じであろう。
 デューラーの<黙示録>そうだ。枯れは自分が想像し認めている黙示の光景に肉迫しようとして、あれを描いたに違いない。彼の自画像についてはいうまでもない。世に二人といないデューラーという男を、彼は追及した。その絵に、デューラーの自画像と名前がついているのは、勿論絶対に変えることができない。名前は符牒ではなくて、描き始める前も、描きながらも、描き終わって眺める時にも、デューラーの関心事はデューラーにあった。絵に関心があるというのは、そこに完全にデューラーが現れているかどうか、ということであった。それも文学趣味といえるかもしれない。しかし、このことは絵画の傍流ではない。それどころか、これこそ正統的な制作の動機なのだ。
 小林ドンゲはデューラーを尊敬しているが、その考え方は私にはよく解る。もしデューラーが<黙示録>や彼自身を描きそこなったならば、それが絵として効果をあげていても、造型的に成功していても、何の値打ちもない‥‥‥そういう心構えで彼が制作しているからだ。それ以外に、彼の採るべき心構えはあり得なかっただろう。
 ヴァンパィアといえば、小林ドンゲは、迫真のヴァンパィアを描き出そうとする。絵ができたあとで、<東京の女>としてもいいものに、気軽に<ヴァンパィア>と名をつけたのとは違う。だから、美しい線も、それはヴァンパィアのために必要なのであって、目的の妖女を描き出すのに失敗すれば、美しい線も何になろう。唐突な例といわれるかもしれないが、キリストの名によって人助けをするのと、ただ人助けをするのとは違う。後者は一つの善行にすぎないが、前者は、それによってキリストに近づくのだから。
 ドンゲさんは、ヴァンパィアの名によって線を引く、私はそれに讃意を表するものだ。彼女のこうした発想の影は、本来彼女の資質であったに違いないが、後の修練によって、ますます抜きさしならないものになった。
 ここに第二の問いを書くと、小林ドンゲが世間の人や物につける輪郭線は、なぜあのように決まり影響力を持つのか、ということになるが、これはすでに答えてしまったようなものだ。つまり彼女は、あらゆるものの名前を信じ、それに執着し、追いつめて行こうとするからだ。そして、天性と修練によって、人をその気にさせてしまう。ドンゲ一流の呪縛力といってもいい。

            小林ドンゲ銅版画集『火の処女・サロメ』より



小林ドンゲの銅版画(作品の紹介)



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