殿村芳謙さんの木版画と木彫                                        魚津章夫


  殿村芳謙さんは本格的に木版画を制作しはじめたのは45歳頃からである。版画家としては遅い出発である。しかも富山県の東端の朝日町で本業の木彫の仕事の傍ら独学でこつこつとたゆみなく制作に励まれ、40年になろうとしている。最初の作品「五ヶ山の印象」を第7回日本版画会に出品して、初入選となり、以来、毎年欠かさず出品されて、今や版画団体「日本版画会」では最長老の重鎮である。
  殿村さんの木版画のほとんどは年一回中央で発表する日本版画会への出品作で版画とすればいずれも大作である。もちろん、自画・自刻・自摺の純然たる創作版画である。しかも摺られた枚数はきわめて少ない。ごく初期には白黒もあるが、ほとんどは多色の色摺りで、微妙な色調の配色や修正によって同じ色の摺りのものはほとんどない一枚ものといっていい。今回展示した約40点の作品はいずれも作家自選の最良の摺りのものを選んだ代表作である。作品の主たるモチーフは水芭蕉、トリネコ、山岳、鷺などで、とくに水芭蕉の連作には特別の思い入れが込められている。最初は古陶器の名品の絵付けの図案からモチーフの啓発を受けたと言っているが、日本の伝統的な古美術の豊富な知識なども堅実な画風の基となっている。近年は直接自然の風物からの印象が題材となっていて、それを観察するまなざしには誠実で素朴な情感が漂っている。
  木版画という版種の特質は平面の構成と図形の単純化である。多くの色版を重ねればかならずしも良い作品ができるわけではないし、細密で繊細な表現にはむかない。木版自体は絵の表現においてかなり制約された素材なのである。できるだけ少ない版数で最大の効果を発揮させることが版画の醍醐味でもある。
  殿村さんの本業は木彫工芸である。したがって、木という素材との付き合いは長い。木の材質ついては、長所、欠点、あらゆることを知りつくしている。また、木を彫る道具についても、その品質の見きわめや扱いについて、おそらく、日本の木版画家で殿村さんの右に出るものはいないであろう。殿村さんは若い頃、工芸の優れた先達の図案家から徹底的に薫陶を受けている。私はその分野のことはあまり知らないが、例えば、木彫工芸で有名な井波彫刻などでも図案家の絵をもとにして彫刻職人が彫り上げるという工程の中で、結局最後は図案家の力量が大きく反映するという。この図案という言葉は現代では古めかしく、私たちがイメージするデザインとも少し違うが、下絵となる絵づくりがなによりも大切であるということを意味しているのだろう。  殿村さんの木版画はまず絵の構成がしっかりしている。山岳風景などでは全体のバランスがゆったりと調和して安定している。これは若いころに工芸図案の薫陶を受けて習熟した成果が基礎となっているからなのだろう。また、水芭蕉や椿などではモチーフを思い切って省略してモダーンな形として意匠化している。これらの手法は見事に木版画という特質を最大限に生かしきっている。そしてなんといっても特筆しなければならないのは「彫り」の技術である。「さぎ」などの作品に見られるようなシャープな鑿の切れ味などもすばらしいが、白黒木版画である「山門」では驚くべき細密な彫りの技術が画面全体にいかんなく発揮されている。また版画制作の総仕上げともいうべき「摺り」においても随所に目を見張る工夫がなされている。 
 今回の展覧会のもうひとつの見所は、殿村さんの本業である木彫工芸である。木彫刻や欄間彫刻、木彫衝立など、多様な作品を展示するが、「木画」と称する殿村さんが独自に創案した作品はすばらしい。木版画にも見られる素材の選び方や彫刻する技術の確かさや単純化してモダーンに意匠化する造形力がうまく統一されて類例のない魅力ある作品となっている。
 そして、けっして見過ごしてはならないのは殿村さんの木版画と木彫のすべての作品には長年練磨されたプロの彫刻師としての妥協を許さない厳しい職人魂がしっかりと刻み込まれていることである。
(「殿村芳謙展」図録あとがきより)

魚津章夫の朝日町立ふるさと美術館で企画した展覧会


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