内田正泰さんの「はり絵」 
                                             
                                                魚津章夫

 
 マティスは晩年十二腸癌をわずらい、2度の腹部の大手術を受け、その病後はニ−スのホテルのスイ−トル−ムで過ごした。そこでベットや車椅子に縛られながら“グワッシュ・デクベ”(切り絵)と呼ぶ手法で制作にうちこんだ。彩色された切り紙を助手に指示して地紙にピンでとめ、マティスが配置に満足すると糊付けした。この新しい手法で目もくらむような鮮やかな明るい色彩の新しい絵の世界を切り開いた。
 内田正泰さんはマティスのこの手法に影響を受けたわけではないが、輪郭線を引いてからそのなかに色を塗るやり方ではなく、いきなり色彩(の面)で絵を描くにはこの「はり絵」であればてっとり早くイメ−ジどおりの色と形を得られることがわかり、この方法で日本の自然の美しさを伝えようと40数年間究めつづけてきた。色にはそれ自体に強い表現力があって、その表現力に富む色彩をさらに効果的にひき出すためには、対象を単純化することが必要であり、色数を制限して使えば使うほどいっそうその表現効果を発揮することも自らの感覚と実作の積み重ねで体現していった。したがって内田さんの美しい風景は必ずしも現実に忠実な色ではない。内田さんの心に映った色なのである。「あらゆる色を単純さのなかに調和させ………明快さと率直さがもたらす安らぎに満ちた画面」をつくろうとしたマティスの最後に行き着いた“グワッシュ・デクベ”の地点と内田さんが理論や理屈ではなく、素朴に感じたまま手探りで求めて行った方向とは同じではなかったかと思うのである。
 内田さんの「はり絵」は一般的に行われている和紙を使った「ちぎり絵」とは異なっている。趣味講座などで教えられている和紙をちぎって貼る「ちぎり絵」では色面と色面の形の関係がぼやけてあいまいでゴマカシやすい絵づくりになりがちであることを内田さんはとくに警戒している。もっと色と形の関係を厳しくつきつめないと緊密な画の安定した構成が成り立たず、自然の姿の印象を正確に伝えることができない。したがって、内田さんの「はり絵」は和紙ではなく、あえて洋紙の色紙を使うことで「ちぎり絵」とは一線を画している。また山下清などの貼り絵とも多少技法が違っている。山下清の貼り絵は色紙をハサミで切りとった大小の形を貼りこんで点描でつくったような絵であるが、内田さんのものは色紙を「やぶる、ちぎる」の両方を駆使したもので、紙面の大きさ、やぶった紙の切り口の自然な形状の味わい、その質感が重要な意味をもっている。しかし、極細の1サぐらいになるとやむをえず片面をカッタ−で切ることもあるそうだ。通常の絵の大きさはB3判(51.5×36.4センチ)で、ほとんどの作品はこの寸法である。内田さんの頭にはこの寸法の枠がしっかりインプットされていて、美しい風景を見ると、自動的にこの寸法の画面に的確な色面がパズルのように組み込まれていく。おそらく長い間の熟練によって、この空間のバランスを自由自在に操作することなどはお手の物なのだろう。内田さんはきちんとした下絵を描かない。ほとんど即興でやぶった色紙片を貼り込んでいく。この色面の操作によって、前景を極端に省略したり、逆に画面の上部を大きく空けた内田流の大胆なすばらしい構図が生まれてくる。

  真蒼な空と陽炎がゆらめく白い砂浜に置かれた一艘の漁船、新緑のむせぶ杉林の中の農家、わら葺き屋根の軒下に吊された赤い干し柿………。これら日本の典型的な景色で心をなごませてくれる内田さんの「はり絵」の顕著な特徴は斬新で明るく美しい色彩と安定したゆったりとした画面構成である。浮世絵木版画の純色の色面による表現はその色彩の美しさにおいてヤニ色の油彩画を見慣れていた西洋の印象派の画家たちを驚愕させ、彼らに大きな衝撃を与えた。また広重のゆったり安定した描画の東海道五十三次の風景画などは名作として古今東西の美術愛好家たちを魅了しつづけている。内田さんの美しい色彩の紙片でつくられた四季おりおりの日本の情景の「はり絵」の数々はそれら先人たちの日本人特有の美的感性を受け継いだものである。平面的な表現の仕方や現代的で斬新な色彩感覚による配色においてはすこし大げさに言えば西洋の画家たちをびっくりさせた浮世絵木版画をはるかに凌いでいるのではないかと思わせるほど美しく洗練させている。
 内田さんは自作について次のように語っている。
「ただ私は、私が美しいと感じたものをそのまま素直に表現したかった。そして、私の作品によって、多くの人が次第に同じ美しさを感じとり、その美しさを大切に思うようになったと気づいたとき、これらの作品が人に感情を伝えたことに自信をもった。狂おしく、いたるところで<心>が失われている今日、自然の心に、人の心にかこまれているような絵があるとしたら、それこそ優れた作品ではないだろうか。」…………………

「私のはり絵は紙という清らかで温和なマテリアルを素材として、自然と人を結び、人の心に伝えようとする。幼いころの思い出、日々の生活の中から、また旅での新たな感覚、よろこび、おどろきの中から、私はひたすら詩をうたおうとする。これが命ではなかろうか。」「今は文明優先の社会の風潮がありますが、ぼつぼつ心の問題として地球のどこかで叫び声が聞こえてきます。どうかこの美しい自然のなかで、素直に自然を愛する気持ちを、よい意味で文明と調和させながら守ってもらいたいと願っています。」
 内田さんは今年80歳を迎えている。38歳の時にこの「はり絵」の手法を発見して、42年になる。今回の展覧会は内田さんの「はり絵」芸術の総決算であり、全国ではじめてその全貌を公開する回顧展でもある。この図録に収録された図版は全作品の中から春夏秋冬の特に優れた代表作各5点づつ、ベスト20を選んだつもりである。それに最新作の四季の「鎮守の森」4連作とこの展覧会のために制作された大作「映える緑湖」が加えられている。

  「内田正泰はり絵の世界展」(2002年 冨山県・朝日町立ふるさと美術館)図録のあとがき)




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